2011年9月24日土曜日

学校の運動会

今日は子供の運動会で学校に行って来ました。小学校の雰囲気はとても懐かしいです。 

昔と変わらない下駄箱。靴がとてもカラフル。
登校班で使う旗。昔からこのデザインは変わらない。

晴れた青空。すばらしい運動会日和です。


しかし、今日の運動会は見学でした。右手を怪我したのでほとんど欠席です。最後に行われた組体操を見つめる「絆」と書かれたTシャツの背中姿が、とても悔しそうで残念そう・・・。でも違った思い出で一生の記憶にのこるでしょう。

2011年9月18日日曜日

新しいカメラを持って京都府立植物園へ

ブログ用に新しいデジカメを買いました。最近流行りのマイクロ一眼がほしかったのですが、ちょっと自分には贅沢だったので、コンパクトデジカメを選びました。
Nikon COOLPIX S9100 です。コンパクトながらなかなか優れものです。
でも、一眼とくらべるとどうしても表現力が低いかな・・・。

今日はそのデジカメの性能を試しに京都府立植物園に行ってきました。

生命力

語りかける木

いつも一緒

天までとどけ
もうすぐ開花
のどが渇いたら。


オレンジの絨毯

緑の向こうに・・・


2011年9月11日日曜日

暑い日に少し怖い京都 幽霊子育飴

今日もとても暑かった。
京都駅から歩いて幽霊子育飴を買いに歩きました。

途中、耳塚を撮影しました。京都駅から歩くと富国神社(豊臣秀吉の御祭神)の前をよく通ります。その西側に立てられています。
秀吉の命令で朝鮮出兵が行われ、戦功の証に鼻や耳を削ぎ落とし塩漬けにして持って変えられたとされています。その中には老若男女問わず削ぎ落とされたという話です。恐ろしいことです。

幽霊子育飴が売られている「みなとや幽霊子育飴本舗」につきました。看板がすこし恐ろしげです。


六道珍皇寺の門前に一軒の飴屋があった。
ある夜表の戸を叩く音で出てみると青白い女が一人。「えらい夜分にすみませんが、アメを一つ売っていただけませんか」と一文銭を出して言う。次の日もまたその次の日も、同じように一文銭を出して買っていく。それが六日間続く。
「あれは、ただもんではない。明日銭持ってきたら人間やけど持ってこなんだら、人間やないで」「なんでですねん」「人間、死ぬときには、六道銭というて三途の川の渡し銭として、銭を六文、棺桶に入れるんや。それを持ってきたんやないかと思う」
七日目女はやはりやってくるが、「実は今日はおアシがございませんは、アメをひとつ・・・」と言う。「よろしい」とゼニなしでアメを与えてそっと後をつけると、二年坂、三年坂を越えて高台寺の墓原へ入っていく。そして、一つの塔婆の前でかき消すように消える。
掘ってみるとお腹に子を宿したまま死んだ女の墓。中で子が生まれ、母親の一念でアメで子を育てていたのである。この子、飴屋が引き取り育て後に高台寺の坊さんになったと言う。
母親の一念で一文銭を持ってアメを買うてきて、子どもを育てていたという。


琥珀色のシンプルな飴です。飴の板をトンカチで割ったような不揃いな飴でした。